今回はフランクフルトの南、約30キロに位置するダルムシュタット(Darmstadt)のユーゲントスティール(フランスではアール・ヌーボー)の芸術家コロニーであった『マチルダの丘』を紹介していきます。2021年に世界文化遺産に登録されこれまで以上に注目を浴びることと思います。
またダルムシュタットは、現在は工科大学を中心とした大学都市、または世界的な化学品・医薬品メーカーであるMerck KGaA(メルク)の本拠地として栄えています。
https://www.mathildenhoehe.eu/assets/Downloads/rz-flyer-plan-math-190613-webversion.pdf
『マチルダの丘』について
1899年、芸術に造詣の深いヘッセン・ライン大公であったエルンスト・ルートヴィヒ(Ernst Ludwig)は、ダルムシュタットのマチルダの丘にヘッセンの芸術と工芸の振興を目的とした芸術家コロニーを設立し、その期間中23人の芸術家が活動していました。
1914年までの4回の展覧会を経て、家具から食器に至るまで、流行の先端を行く調度品、または家屋から庭に至るまで、彫刻や噴水、庭園パビリオンのある公園の中に次々と建てられ、これら様々な作品群は美的な総合芸術作品として演出されたのでした。
ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒ(Joseph Maria Olbrich)とその作品
オルブリッヒは、ウィーンで製図工の見習いをした後、1890年にウィーン美術アカデミーで建築の勉強を始めました。アカデミーでもとても優秀であった彼は「ウィーン分離派」の創設メンバーの一人でもあり中心的な人物でした。
1899年には、ダルムシュタットの芸術家コロニーに呼ばれ、そこで1901年の展覧会「ドイツ芸術の記録」の全体構想を任されたほどでした。1900年のパリ万国博覧会、1902年のトリノ万国博覧会、1904年のセントルイス万国博覧会に、彼のデザインは出展されました。また、彼は1904年と1908年のマチルダの丘での展覧会の成功に、建築とインテリアデザインで大きく貢献しました。
それでは、今日、町のシンボル的な存在でもあるウェディングタワー(Hochzeitsturm)と展示棟をはじめ数々の彼の作品を見ていきましょう。
ウェディングタワー(Hochzeitsturm)と展示棟、さらにロシア正教会(オルブリッヒ作ではない)
ウェディングタワーは、マチルダの丘での3回目の展覧会「ヘッセン州美術・応用美術展」のためにオルブリッヒが計画し、1908年に完成させた。エルンスト・ルートヴィヒ大公とエレオノーレ・ツ・ゾルムス・ホーエンゾルムス・リヒの再婚にちなんで、この街のランドマークとして建てられました。
こちら、現在も3ユーロで上昇階の展望台へ登ることができます。周りに障害物の無い丘の上のタワーから町を見下ろすだけでなく、はるか遠くの景色を楽しむことができます。
さらにこのタワーでは現在も結婚式を挙げることができるそうです(披露宴でなく法的な結婚式となるので両名プラスそれぞれの立会人で行う)。
The tower – Hochzeitsturm Darmstadt
Ernst Ludwig-Haus
このエルンスト・ルートヴィヒ・ハウスは、1901年の展覧会の中心的な建物として複合施設の最も高い場所に芸術家たちのコロニーのスタジオハウスとして設計されました。そのファサードは、明確なフォルムを持つ広い建物と、豊かな装飾が施された記念碑的な建物となっています。現在は『芸術家コロニー美術館』となっており参加した芸術家たちの作品などが展示されています。
こちらは現在、5ユーロで見学が可能です。特別展示は写真撮影不可ですが、常設展示は写真撮影もOKです。
Bildhauerateliers
1904年に第2回目の展覧会のために、オルブリッヒは、1901年に建てられたスタジオハウス(Ernst Ludwig Haus)に接続棟を備えた八角形の増築を設計しました。構造上、2人の彫刻家の仕事場を提供するこことなりましたが、それぞれ独立した入り口を設け、八角形の中に小さなアトリエを設けたました。
Haus Olbrich
建築家であるオルブリッヒの邸宅として、1901年の「ドイツ芸術の記録」展のための複合施設の一部として、彼自身が計画し実現したものです。エルンスト・ルートヴィヒ・ハウスのすぐ下に位置し、邸宅のメインエントランスはスタジオの大きな階段の方に向けられています。
Haus Dieters
1901年の「ドイツ芸術の記録」展の事務局長、ヴィルヘルム・ダイタースのために、コロニーの8棟のうち最も小さな家として建てられました。会期中は1階を見学することができたそうです。
ペーター・ベーレンス(Peter Behrens)とその作品
ペーター・ベーレンスはカールスルーエ、デュッセルドルフ、ミュンヘンで絵画を学び、1899年から1903年までの間、ダルムシュタットの芸術家コロニーのメンバーとして働き、建築家としての初期の作品である彼の住宅をそこに建てました。1903年から1907年まで、ベーレンスはデュッセルドルフ美術工芸学校の校長を務め、さらに1907年にはドイツ労働組合の共同設立者の一人となりました。同年、ベルリンのAEG社(ドイツの家電メーカー)の芸術顧問に任命され、近代工業デザインの発展に決定的な影響を与えました。
Haus Behrens
1901年に展覧会のために建てられ、ベーレンス自身が最初の建築として設計し、内装もすべて彼のプランに従ってデザイン、調度されたものでした。
ほぼ正方形のグラウンドプランで設計された3階建ての別荘建築は、この地方では珍しい素材である赤褐色のレンガと緑釉のレンガによって、印象的であると同時に斬新な効果を発揮しています。
またエントランス周りのデザインも必見です。
アルビン・ミュラー(Albin Müller)とその作品
アルビン・ミュラーは、父親の工房で大工の見習いをした後、家具職人、製図工として大企業で働きました。同時に、マインツとドレスデンの美術工芸学校に通い、インテリアデザインも学びました。これがきっかけとなり、マグデブルクの美術工芸学校の講師に任命されました。
1906年には、芸術家コロニーに赴任することになり、1908年にマチルダの丘で開催された「ヘッセン州美術・応用美術展」の企画をヨーゼフ・マリア・オルブリッヒとともに担当しました。また1914年、最後の芸術家コロニー展では、その運営を全面的に任されました。彼はさらに、第一次世界大戦後も建築家として活動し、特に木造住宅の設計に注力しました。
Gartenpavillon (Schwanentempel)
マチルダの丘の南斜面、「エルンスト・ルートヴィヒ・ハウス」と「ロシア礼拝堂」の間にあるクリスチャンセン通りは、1914年に建てられた庭園パビリオンまで階段状に続いており、1914年の芸術家コロニーの展覧会のために設計された屋外施設の一部として、アルビン・ミュラーが計画しました。
このパビリオンは円錐形の平らな屋根を8本の二重柱が支え、塗装されたドームと模様のあるモザイクの床で構成されています。黒褐色のセラミックタイルに装飾モチーフを施し、全面に施された明るい色のアーキトレーブとのコントラストが魅力的です。
また白鳥をモチーフにした8枚の白釉陶器レリーフが支柱上部を飾っていることで、このパビリオンは「白鳥宮」とも呼ばれています。また、特に植物を様式化した天井画では、古典主義の引用とアールヌーボーのモチーフがリンクし表現されています。
Lilienbecken
1914年の芸術家コロニー展のために、ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒのスケッチをベースに、「ロシア礼拝堂」の前に大きな水盤を設置されました。1899年に献堂されたこの教会堂は、1901年から1914年にかけて建設された『マチルダの丘』の中で、様式的にも独立した建築して存在していたが、前面に水盤を設置することでトータルデザインの中に組み込まれたようです。
残念ながら落ち葉が多く、水面下のデザインを鑑賞することができませんでした(掃除してください)。
ダルムシュタット(Darmstadt)までの移動
フランクフルト中央駅からダルムシュタット中央駅までは、ドイツ鉄道(DB)を利用すれば、ローカル線で約20分、高速鉄道であるICEや国際線であるICなどを利用すれば15分で行けます。
ICEやICの利用には日本の特急料金の様に割り増し料金が掛かるので5分差であれば、ローカル線である向かうのがベストですね。
ただし本数は1時間に3本程度なので時間は調べておきましょう。
また、AirLinerというシャトルバスがフランクフルト空港から直接ダルムシュタット中央駅や市内のルイーゼン広場(Luisenplatz)まで運行しています(ほぼ30分ごとに運行)。
RMV.DE - AirLiner Direct bus Darmstadt - Frankfurt Airport
市内での移動について
さて、『マチルダの丘』はダルムシュタット中央駅や市の中心部ではないため、市内を自由に動ける手段が必要になります。
市内移動には路面電車やバスが市の中心部であるルイーゼン広場(Luisenplatz)を中心に四方八方へ延びています(市の中心にあるこの広場に行けばどの方向へも行ける)。
ここではフランクフルトと同様にRMV(Rhein-Main-Verkehrsbund)という公共交通団体が路面電車やバスの運行を行っています(シャトルバスのAirLinerもRMVの運営です)。
英語サイトもあるので、フランクフルト、その近郊、ダルムシュタットなどを訪問される際には、アプリをダウンロードし会員登録とクレジットカード登録をすれば、アプリでチケット購入が簡単に行えます。
例えば、今回のダルムシュタットの場合、1日券が4.60ユーロとなっており、これをアプリ上で購入しておけば1日中自由に市内の路面電車やバスが利用できます。
ご存じのように改札というものは無いので抜き打ちチェックがある際は、アプリ内のチケット(バーコード)を見せればOKです。
また毎日30分間隔で市内と『マチルダの丘』を結ぶ無料電気バスが運行されています。
Mathildenhöhe Darmstadt: Darmstadt Tourismus
まとめ
すでに存在していない建造物もありますが、それでも現在、多くの建造物が維持されており、ドイツのユーゲントシュティール様式を体感できる数少ないエリアとなっています。
世界遺産に登録されたことで、さらに整備や再建などが進めばより一層充実したエリアに発展するのではと思います。
正直言ってマイナーな町なので、観光目的で訪れる方は少ないと思いますが、フランクフルトからの日帰り旅や、フランクフルト空港からの移動前の時間などを利用して訪れてみてはいかがでしょうか?