ロードス島は、ギリシャ・ヘレニズム時代、中世の十字軍時代、オスマン・トルコによる統治の時代と様々な文化遺産が残る島で、特に中心地であるロードス(ロードスタウン)はいまもこの島の中心地であり続けています。
今回はそのロードスタウンから北海岸沿いに西へ約35Km程度離れた現在の”カミロス・ビーチ”より少し高台に上ったところに広がる古代遺跡カメイロス(Kameiros)のアクロポリスへ案内します。
カメイロス(カミロス)へのルート
ロードスタウンからは島の北側の海岸線を行く幹線道路を西に向け進みます。この道は途中、空港のわきを通り抜けていきます。
リンドスへの街道が95号と国道扱いだったのに比べ、島の北部を進むこちらの道はややさびれたイメージがあり、島の南側を進むときほどの町は現れず、走っている車の数も少ないように思えました。
約40分程度のドライブで、岬の様に少し海に突き出した”カミロス・ビーチ”に到着します。
ここから脇道に入り少し上っていくと遺跡見学のための大きい駐車場へたどり着けます(道は駐車場までで行き止まりです)。
なおロードスタウンからはバスでのアクセスも可能ですが、ハイシーズンのみの運行のようです。所要時間は約1時間40分、下記のリンクからBus Stop 803で検索可能です(直接遺跡の入り口まで運行しています)。
カメイロスのアクロポリスの歴史
古代カメイロスは最も勢力のあった町の一つで、紀元前5世紀(紀元前408年)にはリンドス、イアリソスとともに合同ポリスであるロードスを建設したりもしたようです(現在のロードスタウンではなく、その郊外に遺跡がのこるロードス・アクロポリス)。しかし、紀元前226年と紀元前142年の2回の大地震で破壊され、その後放棄されたといいます。今日では、山間の谷にかつての古代都市の一部を残すのみとなっています(とは言え結構大きいです)。
古代カメイロスは、先史時代にドーリア人によって築かれ、その後アカイア人が居住しました。発掘されている遺跡の起源は、紀元前8世紀にまで遡れるそうです。
遺跡は3層構造になっており、丘の上にはアクロポリスがあり、女神アテナの神殿がありました。また紀元前6世紀には、400世帯が生活できるだけの水を貯えることができる貯水槽が作られたようです。その後、その貯水槽の上にドーリア式円柱が並ぶ柱廊が建てられ、それに面して商店や宿屋が並んでいました。中段のテラスは主な居住地区となっており、下段にはアポロンを祀っていたとされるドーリア式神殿や、泉、アゴラ(政治問題等を議論する場)、様々な神々を祀る祭壇が並ぶ壁などがあったそうです。
ロードス島はかつてイタリア支配下にあり(第二次世界大戦まで)、その時代にイタリア考古学者による発掘や修復が行われています。
カメイロスの散策
さて、こちらの遺跡見学ですfが、駐車場代は無料です。遺跡の入場料は6ユーロでした。
Ministry of Culture and Sports | Kamiros
遺跡からは海を見渡せるぐらい、海に近いところにありますが、海抜約80メートルぐらいから100メートルぐらいのようです。さらに両サイドを丘に囲まれており海に向かって開かれた盆地のような地形でした。
見学コースは特に決められていませんでしたが、我々は上の地図を見ながらまずは入口から遺跡のわきを上り最上部にあるアテネ神殿跡を目指しました。
この道からは盆地に広がる遺跡を一望できるのですが、入り口で感じた規模とは比較にならないほどの遺構の大きさにやや驚きました。
また同じ場所から遺跡下部のほうを振り返ると遺構の先に海とシミ島やトルコの半島が見えました。
遺跡最上部にありこのアクロポリスの象徴的な建物であるアテネ神殿ですが、ほぼ礎石を残すのみで、説明のパネルを見なければここに神殿があったことがわからないほどでした。でも変な修復が行われるより潔いかもしれませんね。
下から見上げた際のアテネ神殿跡。
また、神殿のすぐ下には、最大400世帯を賄えるだけの水を蓄えられる貯水槽や貯蔵庫の遺構がありました。
そしてここまでは最上部にある一層目にあたる部分となります。
ここからは遺跡の真ん中を貫くかつてのメインロードを進みながら二層目にあたる住居跡を見ていきます。
二層目に向かう道は最初こそ角度がありますが住居エリアに入るに従い緩やかとなり、ここと3層目は比較的平らな開けた斜面に遺構が展開されていきます。
細かく四角く積み上げられた石で囲われたかつての住居跡ですが、こちらもほとんどが基礎部分から少しの部分を残した状態のため当時を想像できるほどではありません。それでも、細かく入り組んだ路地や思いのほか狭い部屋が連なっているのが判ります。
さらに下り三層目まで来ると公共的な建物が増えてきます。
こちらはかつての泉のあった広場とアポロン神殿があったところです。
また古代ギリシャにもあったんですね!公衆浴場!
さらに神々とカメイロスの英雄にささげられた神域などもありました。
また三層目から改めて二層目、一層目を見上げることもできます。
かつてアクロポリスが栄えていた時代の規模が判らないので何ともいえませんが、かなり広範囲にわたり発掘が行われており、また町としての機能がわかりやすく分かれており、時間を忘れて佇んでしまいました。
最後に
先に紹介したリンドスに比べるとマイナーな遺跡ですが、現在のロードスタウンのベースでもあろう、かつてのロードス・アクロポリスを合同で作り上げたロードス島の3大アクロポリスに一つです。
行き過ぎた修復もなく、かえって見ごたえがありました。またリンドスの様に様々な時代に利用されてきた場所では無く、カメイロスは二回の大地震による被害で放棄されてしまった町なだけにかつての街並みがわかりやすく残っています。